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すごい!漫画家と漫画大喜利!!

2016.02.01 Mon
 自分が最後に筆を動かして、それに集中したのは、いつだったんだろうか。

 活字ではなく、のほうです。

 1月31日の大阪サブカルチャー発信地ロフトプラスワンウェストで開催された大喜利イベントとんぼり文化祭 2016冬 第三回大阪漫画家大喜利「MAN-GIRI!」に、出場者として行ってまいりました。
マンギリ

とんぼり文化祭 2016冬 第三回大阪漫画家大喜利「MAN-GIRI!」イベントページ

 ほかの出場者にはai7n先生、伊勢田しま(16)先生、えろ漫画家ピクピクン☆先生、緒形てい先生、 尾上龍太郎先生、 川口憲吾先生、 幸田廣信先生、はたのさとし先生、原田ちあき先生、ひらまつつとむ先生、ルノアール兄弟・左近洋一郎先生、ロビン西先生、 和田ラヂヲ先生がおられ、審査員には劇画狼さん、ノヴヤマさん、 フクモトヒロスケさん、 八木泉さんで、司会にはタクミティさんとムッケン¥テーラーさんがおられました。

 すごいメンバーですねぃ。

 さて漫画家界のカリスマが勢ぞろいする出場者のなかになぜ私がいたかどいうと、そ、それは、なにを隠そう・・・不埒にも「出場してみたいなぁ」と、関係者の方にツヨク話したからです(えぇ)

 命知らずめ(滝汗)

 1999年に、「漫画家になって生きて死んでいくのだ!」と心を決めて、来日したあのころの自分が、前回第二回漫画家大喜利に審査員を担当させていただいた時に、目覚めてしまった・・・・・・ような気がした。

 いざがく屋で顔合わせした時に、とにかくすごい熱気を感じました。

 観客に楽しんでいただくことが大前提のイベントではあるが、出場者の漫画家の誰もが優勝を本気で手にしようと思っていた――当然といえば当然だが、漫画家である以上、一緒に盛り上げていこうという共同の認識とともに、競争心には何時だってホンキ、それが漫画家というもの。

 映画で成功した大俳優でも、舞台がたまらなく楽しい――という話を聞いたことがあります。

 そこにはやはり、ダイレクトに観客の反応が俳優に伝わるからなのではないでしょうか?

 そこと同じく、漫画家が自分で考えたネタが、ダイレクトに観客の反応を体感できることに、たまらない魅力を感じるかもしれません。

 とにかく先生方、次々と奇天烈な爆笑ネタを披露されて、マジで凄かったです

 回答に戸惑う自分をがく屋で励ましていただいた先生方にも感謝です!

 次は、頑張ります!(おぃ)あれば、の話ですが・・・!

 関係者の皆様、ありがとうございました!!!!

 総合マンガ誌キッチュ最新号、依然全力編集作業中・・・・・・!

 総合マンガ誌キッチュ責任編集 呉


総合マンガ誌「キッチュ」

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死ぬことを考える事

2015.09.09 Wed
 作品紹介以外にの、久々な、書き込みです。

 漫画家のムライと結婚して2年経とうとしてしますが、妻の穏やかな性格のおかげさまで、京都で築40年の長屋を借りて仕事と悪戦苦闘しながら、とても楽しい新婚生活を送っていると実感しています。

 そこで妻の気になる一言が。

「こんなに楽しいのにいつか死ななきゃならないのね」

 そうだなと思いながらも

「だからこそ、いまを大切にできるじゃないかね」


 と応酬して、納得させてみた。

 思えば私は京都の四条河原町の近くにある二軒のパイプ(喫煙具)専門店によく通っていた。

 その中の一軒はほぼ一畳しかないスペースの店で、主人は80代後半の老紳士である。

「三島由紀夫と同じ年なんだよ」


 と、よく言っていた主人は、話が面白く、訪ねては30分~1時間を話した。数年通ったあとのある日、店が閉店し、今では和菓子の専門店になっています。

「今頃元気だろうか」と思いながら、主人がオススメで購入したパイプを大事に使っています。

 いがらしみきお氏作品『今日を歩く』では、氏の母親がなくなる回のなかで人は生まれる前と死んだあとは存在しないと、思わせるセリフはとても心に響くものがあります。

 妻の母は59歳の若さでこの世を去った。

 いまを大事に生きること、というふうに割り切れるが、なんとか「生きる時間」を延ばしたいという思いはあるものです。

 さては、どのように生きるのだろうか。自分はフリーの編集として活動しつつ、様々なご縁があって専門学校の講師をしながら、海外出版と映画コンテンツのコーディネイターの活動をし、今回「京まふ」の「京まふ漫画賞」の審査員と運営スタッフをする機会をいただいた。

 日本の京都を中心にさまざまなコンテンツを発信していくことは、いま自分にとっての「どのように生きる」ことでしょうか。

 今年の総合マンガ誌キッチュが第七号の発刊に向けての活動もいよいよ大詰めに入ります。執筆者にはさそうあきら氏、田中圭一氏、阿部洋一氏、平口広美氏、榎屋克優氏、石川次郎氏、ひさうちみちお氏、ひらまつつとむ氏をはじめとするベテラン作家に、大勢の若手の作家を加えて、活字コンテンツには小説四本ロングインタビュー三本自主映画やアートの特集など、日本の表現者にとって今と未来をつなぐ一冊になると予感しています。

 今回は私個人の枠を超えて、より多くの方々に発信できるように編集作業を進みながら制作費用をクラウドファンディンク、あるいは版元を探す・・・と、二方向で検討中です。

 常に変化し、進化するモノツクリの世界、そして可能性無限大の発表の場「総合マンガ誌キッチュ」を、これからもよろしくお願いいたします。

 総合マンガ誌キッチュ責任編集 呉


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電脳マヴォ「藍い斜陽―齋藤なずな傑作選」文人シリーズ更新担当にあたって

2015.03.16 Mon

「藍い斜陽-齋藤なずな傑作選」の『心猿(しんえん)』―島崎藤村とこま子―を更新しました。

『心猿(しんえん)』を読む

 私が電脳マヴォで更新作業を担当する齋藤なずな氏の文人シリーズの作品はこれで全てになります。

 同シリーズの最後をどの作品で飾るのかについて、とても悩みましたが、(結果的に)まわりの不幸を書くことで、小説家としてある到達点にたどり着いた人物という意味で、島崎藤村を描いた『心猿(しんえん)』とさせて頂きました。

 基本かつての再録作品ですが、この文人シリーズを更新する前はいつも登場人物の名前と時代背景などについての最低限の考証をやっております。そのたび新しい知識が飛び込んできて、とても充実な時間を過ごしました。

 しかし思えば今こそ「ネット」というツールによって学術論文までも気楽に閲覧することができるが、これらの作品が描かれた90年代では、そうはいかなかったと思います。

 また著者の齋藤なずな氏とのやりとりで、氏の物語の構築についての並外れた能力と制作への強い思い入りが(淡々とした会話にも関わらずその言葉にズンと重みが乗って)じわじわと伝わってきます。

 氏はあくまでも教科書または歴史家のように正確に、ではなく、人性のもっとも深い闇に迫る、なおかつ読者に伝わる物語を目指したのではないかと、思いました。

 最後に、『心猿(しんえん)』のほかに、「藍い斜陽―齋藤なずな傑作選」で掲載される日本代表的な文人たちの壮絶な人生を描いた作品の数々を是非とも、ご覧になってください!

電脳マヴォ 「藍い斜陽―齋藤なずな傑作選」



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東京の六日間

2013.09.03 Tue
 15日の昼、バスで車窓の風景を眺めながら東京に向い、これまでの最長東京の滞在時間になったわけですが…

 スケジュールは主にマンガの打ち合わせでした。

 弱小自費出版雑誌とはいえ、メディアをもったことがとても大きい。なぜかと言いますと、作家の作品を掲載することができ、言い換えれば原稿依頼が出来るのであります。

 現時点では著作者に報酬の面において最低限の保障ができているとは言いにくく、寄稿していただいた方々にはひたすら感謝です。

 総合マンガ誌キッチュを始めて五年目に入りましたが、痛感したのはただ一つ…「作家は編集者が居なくても生きていられる、しかし編集者は作家がいないと死んでしまいます。」これは真理に近く、常に感謝の気持ちで、打ち合わせという形で、作家と一緒に作品の制作に参加させていただいています。作家たちも常に予想をこえる作品を仕上げて来ます。

 あらゆる場合に言えることですが、編集者としての功績が存在するとしたら、それは作家に原稿を依頼したことだと思う。


 しかしその後京都に戻ってすぐに体調を崩してしまったのが、なんとも恥ずかしい。体調管理がなっちゃいないや。抗生剤を処方され、いまは九割方回復していますが、気をつけねば。病気にならないことも、だいじなお仕事ですね。


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流れを作る

2013.05.14 Tue
 四月に大学で働くことになり申したが、それはなかなか難しいことになっております。

 私はフリーのスタイルを貫きたい、とゆうのは、そんなカッコいい理由があるわけではなく、単にそれしかできないと思ったのであります。しかしながら塩を塗ることによってスイカが更なる甘味のを演出するのと同じように、逆方向に進んでみるのもあながち間違いではないと考えた上、このお仕事を二回も断ったすえ引き受けてしまったわけです。

 面白いことに「バイトだけど大学で一年間働くことになった」と友人に伝えると、一部からは「よかったね!おめでとう」という反応が来ました。

 学生だった頃大学に12年間居た自分が、僭越ながらも学部のカリキュラムから大学の運営までにさまざまな働きを仕掛けたが(なにがを見返りを求めたわけではなかったが)それに対して「組織」に「組織」としての評価しか下されないと判断したので、大学離れを心決めた自分なので、大学に戻ることがある種の受難に近い感覚を持っていた私にとって(結果引き受けたが)本能的に断るのが当然のことでした。

 しかし12年間のあいだ、大学で多く後輩と先達、さらに人生のパートナーになり得る人と出会うことで、やはり居て良かったと言えるのでしょう。

 ここで「歩く火山」と例えられた自分が、簡単に爆発しないクレーターになったというのも、一つの収穫だったかもしれません。

 過ぎたことは全て良かったとゆうわけではありませんが、全ての経験を将来に役立てるべく物事を考えるようになったとゆうことでしょうか。しかし「組織」というものに対しての考え方は変わらず、出来るだけ距離をおく生き方を、一先ず選んだわけでした。

 それでも大学が始まると、それが来ちゃいましたね。「歩く火山」だったころの噂がちゃんと学内に残ったようで、いきなりイヤな思いを喫する私は、あえなく「爆発」を果たす、がしかし、そこで冷静になったきっかけは、意外にも自分の不慮なミスでありました。


 海外にいるあいだに命の次に重要と言われる「パスポート」の紛失である。


 必死の捜索をした数日間は放心状態が続き、それと共に、不思議にも「組織」を否定する価値観と、自分の本業と両立できないもどかしさから来る脳内の「熱」は、次第に冷めて行きました。

 そこで良い流れが来ない…とゆうのではなく、自分で良い流れを作らねば、と思うようになり申した。

 不思議の不思議に、そう決めた瞬間、パスポートが見つかったのである。

 これは神様のご意志と言えば陳腐かもしれませんが、そうゆうことかもしれません。この先にもなにがはイヤなことがあったら、今回の経験を思い出すようにしようと、思う今頃であります。


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