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「キッチュ」第二号作品紹介:狂気を生む狂気

2010.07.04 Sun
 『ガロ』作家ひさうちみちお先生と出会ったのは、数年前のことでした。

 不勉強な私は、社会風刺や古典を元に「アート」と思わせるマンガ表現で、数多くの傑作を世に出した先生のことを知らなかったのであります。その普段言葉による自己主張をしない姿勢そして、モノ作りの独特な雰囲気にたいへんな魅力を感じつつも、その作品を知らなかったのであります。

 その後手に入れた最初のひさうち作品は、『大快楽』で掲載された作品を多く収録した作品集『罪と罰』であった。強烈すぎるひさうちワールドデビューだった。

創世記第38章

 今回の依頼を快く応じていただき、描いてくださったのはこの『創世記第38章』であります。

 聖書を始め多くの古文書に、聖人や罪人達の生老病死を淡々と書かれていた。それらを読む度に、ナルホドと、これだからこうなったのか、と、書かれた「結果」に感心するものの、のち振り返ってみれば、それに至るまでの「過程」はとんでもないものだったりします。

 私の場合、これらの古典を作品化しようと、その物語再構成する時に、つくづくそのとんでもない「過程」に悩まされてしまうのであります。

我が子に与えよう

 だが同じ古典をひさうち作品で再現された時に、不思議ととんでもない展開でありながら、まったく違和感を感じない。原典を読む時のナルホドは、ヴィジュアルになって―それも恐ろしく冷静なものに―読んでいると良い意味で「これはないだろう」と思いつつ、それに圧倒され、受け入れるのであります。

羊の毛を切りに

 ソレはまるで静かなる狂気というべきものが、読者に襲いかかってくる勢いであった。さらにオソロシイことに、時々これらの作品に、笑いを誘われるのであります。作品が読者を気づかないうちに呑み込んでしまい、それが(作者の)狂気が(読者の)狂気を生むプロセスにさえ思えてしまうのであります。

焼いてしまえ

 ある日の、酒の席で、私がひさうち先生にある質問をした。

 「先生の『ヨセフ』の最後のコマ、殺された親子ですが、あれってマリアだったんですか、それとも別人だったんですか?」

 先生が答える前に、同じ席にいたベテランマンガ編集者のK氏が、「ゴ~ちゃんよぉ~よりによってひさうち先生にそんな学者さんをぶった質問をしちゃっダメだよぉ~」と、パイプを燻しながら口を挟んできた。


 はっ…!まったく持って、その通りでございました、ハイ。(呉)

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