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TOKON10企画報告その二「もはやSF!?台湾人形劇『霹靂』がやってくる」

2010.08.15 Sun
TOKON10の二日目では、
台湾の人形劇シリーズ『霹靂』を紹介するという
私の持ち込み企画が組み込まれていました。

今回は企画の「報告」というより、
90分の中で、約67分の映像上映を行い、
口頭による紹介を最小限に抑えたために
その場でお話しできなかった『霹靂』の歴史をここでまとめたいと思います。

『霹靂』公式ホームページの年表によると、
その起源は1901年生まれの黄海岱氏の手から始まります。

氏は14歳から、
中国から伝わる人形劇「布袋戲」の修業を積んだ後、
25歳に「五洲園」を成立させたと言います。


この「布袋戲」というのは、
街頭で台を組んで、台の下から人形を操るもので、
武侠ものや民話をメインに演じられる娯楽であり、
日本人が分かりやすく説明すると、
ある意味大掛かりな紙芝居のようなものかもしれません。

そして1951年に、黄海岱氏の19歳の息子黄俊雄氏が免許皆伝し、
彼が1970年テレビで始めた『雲州大儒俠―史艷文』こそが、
97%を超える驚異的な視聴率を歴史に残した伝説なシリーズである。

社会現象を引き起こすこのシリーズは、
当時中国と台湾が緊張な状態にあったためなのか、
台湾の国民政府から放送禁止の処分を下されてしまった。

そして1992年、黄俊雄氏の息子黄強華、黄文擇両氏によって、
「大霹靂節目錄製有限公司」が設立され、
ビデオレンタル向けに『霹靂』人形劇の制作・発信を始め、今に至る。


人形劇をテレビで始めた先駆は他の「布袋戲」流派だったが、
それをさらに発展させたきっかけは「五洲園」を継ぐ
黄俊雄氏であると言って差し支えはないでしょう。


さて『霹靂』シリーズだが、黄俊雄氏の名作
『史艷文』や『神刀魔剣六合魂』両シリーズの
要素を取り入れ、よりダイナミックな特撮や
高度な物語の構成を目指したものです。

ドライアイスにワイヤー、爆薬にフィルム合成など、
伝統技能を楽しむ大人から、新しい物好きな子供達を
トリコにした『霹靂』シリーズは、
時代に合わせてCG合成など、次々と新しい撮影技術や人形造形を取り入れて行く。


『霹靂』シリーズの初期から、
「他人の失敗が我が快楽哉」と叫ぶ「黒白郎君」に、
死ぬ度に繭になって復活する不死身の魔人「網中人」に、
史艷文の宿敵であり、異族の戦神「蔵鏡人」など、
魅力的なキャラクターが物語の支えとなり、
同シリーズは次第厚重かつ膨大歴史を持つものになっていきました。


シリーズの基本構成は、古代中国文化の中心地をモチーフにした「中原」を
守る主人公たちが、それを侵略するために次々と現れる敵達との戦いです。

物語の発展に連れ、仏教などの宗教思想から出た
現世と言われる「苦境」のほかに「道境」「滅境」「集境」
合わせて四つの境界に分かれ、世界が広がっていきます。

さらに天外南海に魔界、異度魔界などの境界が登場し、
古代日本をミチーフにした世界まで現れ、
キャラクターに他種族、魔物から、吸血鬼、人造人間そして
最近は神までも登場してしまう。


いまでは音楽制作会社の協力でハイクオリティなオリジナル音楽を使っているが、
『霹靂』の草創期では、音楽に日本の演歌や特撮・アニメソングを頻繁に使っていた。
同じ時期にアニメファンがニヤリしてしまうような造形のキャラクターも登場したものです。


なにはともあれ、同シリーズは貪欲に流れを感知し、
長年の年月をかけて、古典や神学の知識に娯楽の要素など
あらゆる要素を取り入れることで、
いまや流れを創る存在に成りつつあります。

日本との文化の共通点の多い台湾で生まれた
『霹靂』シリーズを日本でも気軽に楽しめる日を予知して、
その成り行きを見守っていきたいと思います。



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