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嗚呼さされざる我が命の輸送線

2012.06.29 Fri
 わたしは注射が大の苦手であります。

 痛みは原因の一つではあるけれど、なによりも刺されるそのカンカク、鋭いなにかに体を侵入されてくることを、想像するだけでも気を失いそうであります。

 幼い頃もっとも打たれるのはおそらく皮下注射、ようするに肉に打つ注射とのことでしょうか、わりと痛い。

 小学校のころそれがイヤで病院で大暴れした記憶があります。


 同じ注射でも、点滴のほうが、実は痛くないのだと、肉を刺されることを嫌う幼い頃のわたしの認識のひとつですが、まあそれは、辛い物を食べた後、熱い飲み物を飲むと余計辛く感じることを発見した時、我ながら「大発見だ」と大喜びしたのと同じくらいです。

 とのみち注射に変わりはありませんので、ただの気休めだったのでしょう。


 でもたしかに、点滴のほうが、痛く感じないかもしれない、とゆうよりも痛いのは最初だけでしょう。


 こうしてあんなことやこんなことを考えながら、39℃の熱を発して、病室で「ひ~ひ~」ゆうておったわけです。


 肺炎である


 入院したのは、今から約一週間前です。

 人が病気になる時、わたしの場合、なにも考える余裕がありません。


 そして入院したのは、兵役が終えた約一週間後ではありますが、病床の上で過ぎたばかりの軍隊生活の記憶を懐かしむ余裕は、まったくない、ひたすら抗生物質の点滴を打たれるだけです。

 でも思えば、去年の6月28日に軍に入ったのは覚えている、訓練センターで少しずつ体を鍛えられていくことが、楽しみでした。一ヵ月間の訓練期間で、10数キロも痩せたのであります。

 このまま兵役を全うすると、健康になって、スリムになるであろうと毎日ウキウキしておりました。


 そして訓練を終え、いよいよ所属単位を決める抽選の日がやってくる、引いたのは台湾でもっとも特殊な単位、行政院海岸巡防署の南部地区巡防局でした――


 それは日本の海上保安庁に相当する部署で、台湾全国の港と海辺に存在する拠点に配属され、全ての船を記録、管理するのが主な仕事。

 軍の単位でありながら、警察の責任も持たされる、そして24時間活動しているので、軍の訓練より業務のほうに重点を置かれているのであります。

 どんな仕事をやっているかと言いますと、まず入港する全ての船に船内検査を行うのが基本、そして全ての船の航路を記録し、また漁民が出港する際の許可をも行う…主にそうですが、海上事故の救助、または拠点の範囲内例えば民間人が海に落ちた場合その救助、または土佐衛門の処理などなど…

 あんまりにも特殊なので、「軍ではない」とメディアに間違えられるのもしばしば。


 なにはともあれ、24時間活動している単位なので、当然生活習慣は悪い、ストレスも大きい、そこはわたしの出番である。

 わたしは配属される単位の心輔志工、言わば軍の中のカウンセラーであります。


 毎日主な仕事は、一線の単位に電話をかけ、時々グチを聞いたり、時々励ましたり…



 軍隊とはなんだろうか?


 根性鍛えろと、自衛隊に入れと年老いた議員に叫ぶ政治家もいるけれど、まぁそれは置いといて、わたしに言わせてみれば、徴兵はある種人生の逆境だと考えています。


 わたしは30才になってから入隊したので、当然様々な活動を一旦停止し、一年間軍隊で与えられる役目を果たさなければならなりません。

 ポジティブに考えるならば(手塚治虫せんせいや水木しげるせんせいのような戦争体験をしたいわけではありませんが)軍に入ることによって、他にない体験をできるのであります、それが我が人生の糧になるのであります。


 しかしながら、同じく徴兵される他の同僚は、兵役についての考え方はさまざまでした、わたしと同じく経験をしたいとゆう人はいるし、友達を作りたいとゆう人もいる、どうせ、徴兵ですから、と。


 もう一つ(失礼ながら)厄介なのは、「軍隊なんで時間の無駄である」とゆう人なのであります。


 なんの変哲のないある日の昼、わたしはいつものように、食堂で同僚のお弁当を用意しているが、そこで、仕事場にいるはずの同僚が現れて「弁当はいいからこっち来い」と言った。


 最初は冗談かと思ったが、どうやら本当に緊急事態だったらしい。


 ある拠点の兵士が、腕を切った、とのことでした。

 どわ!

 わたしの直属長官である心輔官がちょうどいない、前心輔官とわたしの二人が、現場を向かった。


 拠点の一階の外にある広い階段に、何枚かの布団が敷かれてある、兵士が二階から飛び降りるかもしれないからであります。

 部屋に入ると、体が震えながら、泣きが止まらない一人が、座っておった。


 わたしは、なにも言えませんでしたが、前心輔官がゆっくり時間をかけて、本人に自発的に病院までついてもらって、手当を受けさせたのであります。



 人それぞれの悩みがあり、それもそれぞれの人生観や考え方から来ています、彼には「兵役は人生の無駄」という思いはどうも強かったのが、今回の事件の原因でした。

 わたしも含めて、多くの人々と長官が彼に「人生に無駄がなく、全ては糧になる」という考え方を説いて、少なくともわたしが除隊するまで彼は大事無く過ごしているのであります。


 カウンセラーをやってこの一年間、一線の多くの人々にストレス解消方法を説いたり、軍隊生活のアドバイスをやってまいりました。


 戦々恐々であります。


 そして兵役が終わってみれば、実は終わった感じがしませんでした。

 考える暇もなく、一週間後肺炎にかかってしまったのであります。


 その後一週間ほど入院し、一日数回抗生物質を点滴で注射する治療をしてもらっていました。

 何回も刺し直すことなく注射するために、血管に針を刺したままの入院生活でした…しかし皮肉なことに自分の回復能力が高く(あるいは血液がドロドロからなのか)針先端が固まった血液でふさがれることが多いため、その場合針を刺し直されるのであります。

 そして一年間の軍隊生活は逆に業務職で一日12時間デスクにいるので運動不足になり、12キロも太り、加えて血管が細く見付けにくく、それが見つかるのに何回も何回も刺されてしまいます。


 多い時一日10数回もさされてしまいます。


 次第わたしは看護婦さんのあいだでは「血管が見付けにくい男」として有名になり、毎回ペデランの看護婦さんが「刺してくれる」ようになります。


 さてなぜ血管がそんなに見付けにくいのか、運動不足を将来解消せねばならない…そもそもなぜ肺炎になったのか…それ以上のことは考えられず、横になって一週間。


 27日にようやく退院したのであります、まだ完治したわけじゃぁありません。


 健康は大事です、運動も大事です、兵役の経験も大事で、自傷行為に走らず命を冷静に考えることも大事です、世の中無駄なこと一つもない、全てが大事です。


 大事な大事なこと、それはわたしの生き方、その一言に尽きます、つまりそれは「我がこだわりは、こだわらないことである」のであります。

 苦難に遭ったわけではなく、(太ったのが残念でしたが)軍隊で一年間ほかにない経験をした。

 良い経験とは言えないし悪い経験でもない、しかしそれが人生の一部であることは確かであり、それもわたしだけのものであります。


 あと数年で台湾の兵役はなくなり、募兵制になります、良いも悪いも、皆人生であります。

 ここでこれ以上語ることも、ないような気がします。



 うふふであります。


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