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花粉と第六感

2013.04.11 Thu
 1年以上も前の話なんですが、2月にも関わらず昼間の気温が30度近くまでのぼる南国の島国の台湾に、私が旧正月のため戻っていたのがこの頃で、海外にいる博士の候補生である勉強のできる優等生だがカチカチ頭の兄から、運転中交通事故に遭ったとの知らせが入ったのもこの頃であります。

 両親がそれぞれその数日前からイカにもの虫の知らせによって、何かしら「感じた」らしいが、私はアイスクリームを片手にしてひたすら南国の暑さと悪戦苦闘を繰り返していたのであり、高雄より時速800~1000キロもあると言われる大空に飛ぶ鉄の塊が二時間をかけてようやくたどり着く日本の京都という街の寒さを恋しく思うだけのでありました。

 なによりもわたしは飛行機が苦手である。

 生死を自らの手でコントロールできないのではないかというように、ネガディブに物事を考えてしまうので、どうしてもこの空に飛ぶ巨大な鉄の塊におびえてしまうのだが、自分の命を他人に預けることで安心感を得られるということで、乗るのが大好きという人もいるのだという。

 そして現在、気が付いたらまた大学という場にいました。

 大学のカリキュラムにモノ申すという形で無理やりそれに関わろうとしたのは大学院の頃でした。方向を著者から編集に変換したのも、その数年の間でした。出身校に対しての愛着と後輩たちと一緒に仕事する楽しさが、10年以上も大学にズルズルいる結果に結びついたわけですが、いよいよ大学を完全に離れて自分の事業に専念する決心をしたわけです。

 だが気が付いたらまだ大学にいた。今度こそ無償ではないが、気持ちは花粉対策の新発明で「鼻に塗るマスク」というものは果たして効くかどうかを考えるのと同じようにビミョウな気持ちなのであります。


 だが学生と一緒にいるのが楽しいことです。方向を決めずに船出しざるを得ないという迷いを感じるものの、年齢が若い分その可能性も大きいので、ある意味彼らからはエネルギーをもらうことになります。


 不本意ながら、また大学に戻った。しかし学生達は、良かった。


 兄の車はガラクタになったものの、本人はかすり傷。虫の知らせが来なかったけれど、結果オーライということで。今年の花粉の時期を終焉を迎える。それも良かったのだ。


 「キッチュ」とともに、大学に逆戻り、花粉とともに、しかし第六感なし。


 ぼちぼちかな。


総合マンガ誌「キッチュ」


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2013年

2012.12.30 Sun
 いよいよ、今年も残り一日強になります。

 私の生まれ故郷の台湾では、旧正月が主流ですが、思えば31年の間、人生の6割以上は家を離れていたことと、その原因である家族関係の不和によって、一家団欒という正月感覚に冷ややかな感情(或いは無頓着的なモノというべきか)私にはあるようです。

 と同時に、97年当時、世界滅亡説を虚しく鬱な少年らしく悩んだものの、つい最近のマヤ文化予言の意味を考える余力を持たなくなっていました。

 予言よりも、遥かにリアルな存在と隣り合わせていることを、東北大震災を見て想起したわけです。

 私の高校時代、台湾では原発増設問題、つまり「核四」問題の議論が大いになされていた。それについても短いレポートも書いたっけ、確かに「原発はこわいけど、安全だったらあって悪いものではない」という内容でしたが、年齢がほんの少し重ねたことも原因のひとつだろうが、日本という国で十数年間暮らし続けてきて(『帝都大戦』の加藤保憲にとって、帝都が容易く破壊できるようになったにせよ)今の私はまさしくソレとは違うリアリティを味わっています。


 なにはともあれ、今年の12月21日は、世界滅亡ではなかった。


 「みんな同時に死ぬだなんて、こんな幸せな事はないよ」という、ある先達の言葉をかみしめつつ、おそらく睡眠不足の所為でなった風邪を抱え、大人しく布団の中で2013年を迎えることに決めました。


 皆さま、2012年、どうもありがとうございました、そして2013年も、よろしくお願い申し上げますm(_ _)m

良いお年を



総合マンガ誌「キッチュ」

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悶雷

2012.09.20 Thu
 持ち帰った十数個の段ボール、それは12年間にも及んだ学生生活そのものを語っています。

 これらは一年半前に私が兵役の為台湾に帰国する直前にまとめた荷物であり、今日私の手元に戻って来たのは、大学の準備室の隅そして、名の高い日本画家のお宅にそれぞれ五個と十個の段ボールを一年半を置かせていただいた上、名の高い洋画家の方のお車、しかもご本人の運転でこれらの荷物を我が家に運んでいただいたとゆう許されない暴挙に出た結果なのであります。


 開封して中身を確認して行きますと(別に学者になるつもりはなかったが)近代日本の美術教育を記述された研究書籍が何冊、そのうちの一冊は、大学時代に世話になった美術史の教授と先月に久しぶりに会った時に尋ねられた未返却のものでした(当然返却せずに我がものにするつもりは毛頭もありませんでした)ただ、果たして本当に我が家にあるのか定かな記憶がないのであの時はハッキリとした返事ができなかったわけです。


 当然「そのうち」教授の研究室に持参して御返却いたしたく存じておりますm(_ _)m


 そう考えながら、目に飛び込んだ二十数冊もあるアイディアノートに圧倒されてしまい、さらに段ボールから出てきたのは十数本の完成原稿、制作された年齢にふさわしく未熟なものでありながら内容に説得力があった…物語を創ることをウソをつくことに例えるなら、他人を騙す前に、まず自分がそのウソを信じきらなければならない…これらの物語を創った自分はあの時、心の底から本気でそれらの存在を認めていたに違いなかった。

 内容は幼い上ひどく単純だが、上手いウソをつく為には、意外にも話術よりも、自ら自分だけの世界を信じきる「狂気」が必要だったように思わせる気迫を感じさせるものであった。

 
 さて私最後に筆を取ったのはいつだっただろう?

 と言うより、私が最後に「無邪気」に狂って、これらのような「本物のウソ」をつこうと試みたのは、いつだっただろうか?


 こうして十年ほど前の自作を眺めることは、初めてのことではないが(前回とはおよそ2年の合間があった)自分が嘗て生み出したエネルギーの塊に対して、自分の血管に掛けられた二重や三重の錆びた南京錠から自分自身を解放されない(過去の自分が現在の自分になったプロセスは既に動かせるようのない事実だった故に)のような悶々とした得体の知らない鬱に襲われ、こもった雲に放つ無声の「悶雷」が胸のなかに再現されたような思いであります…

 いやぁ最近映画監督の林海象氏の来年公開予定の傑作映画『MIROKU彌勒』がきっかけで、原作小説『弥勒』を数回読んでいるうちに再び戦後小説のマイブームがやって来て、入手した未読のものなどを探し出して読み始めようとしているもので、その分多感になっているわけでしょうか。


 なにはともあれ、荷物を整理しているうちに出てきた数本の絶版なおかつ未DVD化のビデオをダビング屋に頼んで、DVDに焼いてもらおうかなとひらめいたが、すぐに本で埋まってしまった巨大本棚の前にある五つもの未開封段ボールとゆう現実に引っ張り戻され、この風景を眺めながら首を傾げて悩むわたくしでありました。


 うふふ。



総合マンガ誌「キッチュ」

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種を播くこと

2012.08.11 Sat
 思えばマンガの驚異的な売り部数に至るまでの過程は多く著作と研究で分析されてきた…

 戦前マンガそして戦後の赤本に貸し本、劇画の誕生&少年マンガ誌へのに導入、初めてマンガ雑誌百万部売上などなど…自分が博士課程にいた頃勉強しているうちに「ほむ~なるほどこれはすごい!」と思う半分で(あの時はちょうどマンガの売り上げが全盛期より大幅に落ち込んでしまっていると言われる頃のせいもあったのか)なにかしら言葉では表せにゃい違和感を感じた。


 「うむむなんだろねぃ~」


 高い頻度で映画化やドラマされていくマンガ、そして携帯で読めるようになったマンガ、〇〇社に新しいマンガ雑誌ができた、〇〇雑誌がつぶれた、〇〇を漫画化してみた、あるいは〇〇名作小説の表紙をマンガで描いてみた…

 なるほど簡略化し、誇張化される表現とゆう狭意な定義だったマンガは、北沢楽天の超豪華版マンガ誌の創刊そして、岡本一平が制作した初めての長いストーリーマンガと言われる作品が世に出てからは数十年、二回大戦と戦後激動な政治環境や反政府デモそして高度経済成長などの時代も経て……いかにもドラマチック、いかにも絵画に劣らないキレイさ、「バカラバカラ…」と馬が走る臨場感をマンガの音喩も発明され、漫画家はまさしく映画監督のようにあらゆる表現が紙の上で、すべてにおいて「マンガ」は凄いことになっているらしいのではないか?


 これはどうゆうことなのか?


 「今からマンガのことを喋るぞ」とゆうだけで、「凄い話が始まるぞ」と思えてしまうくらい、マンガは凄いらしいけど、なんだがその凄さ以上の凄さを感じないのだ。

 読者…いや観客とゆうべきか、彼らの目の前に現れる形を変えたマンガの数々は、要するにマンガである、どんなことをやっても、どんな変化をつけても、あのマンガなのである

 要するに、ここ数年間現れるこれら形の変わったマンガは、これまで成長し、ピークを極めたマンガにかかわる全てのものを「消費」しているのであります。

 要するに要するに、マンガの先達が血と汗を流して「マンガの種」を播きました、それが成長し、たいへん豊作だったが、その後新たに種が播かれずに、出版社と描き手そして研究者の多く、さらに政府までもが「マンガ」そのものをひたすら収穫(消費)しているだけのように思えます。



 石子順造氏の『戦後マンガ史ノート』のなかではこのような話がありました…草にひたすら火をつけると燃えるが、本当は水も欲しかったとのことが…自分が思うには、ひたすら「収穫」するのではなく、数十年後の豊作のため、「種を播く」ことをそろそろやらねばならないとゆうことなのではないだろうか…?


 既定の表現手法、既定の出版形式、既定の流通システム、既定のイベント形式に従来の読者(観客)…収穫はいつまで続くのだろうか…?


 自分がマンガを教える大学に12年間在籍し、何年間か代行授業もやりましたが、キャンパス内を見ている限り漫画家を目指す人が後を絶えまい――

 しがしながら大型書店に並びきれないほどマンガのタイトルが増え、それらの多くは誰もが気が付かないうちに消えていった


 考えちゃうじゃぁありませんか?うふふ。



総合マンガ誌「キッチュ」

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新幹線と飛行機とコーヒーにアイスクリーム

2012.07.30 Mon
 7月10日私は日本に戻るための飛行機の中にいました。

 思えば「戻る」とゆう表現は、我ながら興味深い、合わせて約12年間、つまり我が人生の三分の一以上日本で過ごしているわけで、日本に「行く」とゆうよりも、「戻る」とゆう表現に、気が付いたらなっていたのであります。

 逆の場合どうだろう、まぁ答えは一緒でしょう(笑)つまり台湾に「戻る」、台湾を「出る」になりますねぃ…私はこうして国と国の境をこえたほんにゃらなんじゃらと、カッコよく言いたくなってしまいますが、日本に入国のさい指紋と顔写真を撮られることで、私が現実に引っ張り戻されるのであります。

 でも飛行機が大の苦手な私なので、パニック映画のようなことが起こらずに、ちゃんと目的地に到着してくれるだけで、もう有難き幸せです。


 7月20日私は東京に向かうために、新幹線の中にいました。

 私の歓迎会と言われ、大学時代の恩師の一人でもある、ペデラン編集者がパイプを加えてニコニコと迎えに来てくれました。そこは賑やかな居酒屋の二階、編集関係の方が二人に、気の良い青年一人がいた、マンガのお仕事の話、そしていわゆるマンガのこれからを語り合いましたが、お店の焼き豚が格段に美味く、私は主にその美味しさに陶酔してしまっていたのであります。

 恩師のお家のとなりに、空家になった、故、ある有名洋画家のアトリエに泊まりましたが、おそらく40年を超えたであろうこの洋風の建築は、年代を感じさせないほどオシャレな建物である。

 その日は夏らしくなく最高気温が24度しかない日でした。そして「東京らしくない」と、私の勝手なステレオタイプを打ち砕いたほど、静かな住宅地の空家に、私がいた。


 7月21日私は恩師と一緒にあるベテラン少年漫画家のご自宅を訪ねたら、なんと少年漫画化の還暦の家族パーティの真っ最中でした。

 ほろ酔いのなか、この空間では「マンガはどうなる?」とゆう話にはならない、「マンガはこうなる!」とゆう話にもならず、「私達はマンガをこうする」とゆう話だけに、なるのであります。


 7月22日私は京都に戻るために新幹線の中にいました。

 車内では新商品のアイスクリームのキャンペーンセールが行われ、アイスを紹介する為にわざわざ作られたDMが手渡されます。

 「甘みが際立てるアイスなので、ブラックコーヒーとよく合います、合わせて注文する客も多い」とゆう趣の紹介文が書かれているが、出たばかりの商品には、もうすてにお通の乗客がお通な注文の仕方をしてくれるとは、いささか気が早いような気もしますが、スイカに塩を付けるとゆう食べ方を連想してみれば、納得もいくだろう。

 どのみち、肺炎だった病み上がりの私には、アイスはとても無理でありました。


 7月23日親友の漫画家と一年ぶりに会いました。

 夏らしい暑さの、京都の街中、よく行く骨董屋さんを兼ねた喫茶店に案内し、そこで話をした。

 店の看板猫が彼の膝の上で気持ち良さそうに昼寝している。私たちは思い出の話から、お仕事の話もした。知り合ってから、13年近い付き合いになります…長そうに聞こえるが、実はあっという間でした。

 彼にはキッチュの復活号の原稿依頼をしている、がしかし、13年前大学で出会った頃の二人がこうして「原稿をくだちゃい」を言うような関係になるなんて、思いつく訳もなかろう…しかしいまでは単行本5冊以上出して、独特な作風で固定ファンを獲得している今の彼を見て、まったく持って意外ではなかった。

 当日の夜、新たな住処にサイズの大きい源五郎が現る、対応できないので面識のない隣の部屋の方に処理していただいた…


 7月24日、台湾に「戻る」ために飛行機の中にいました。相変わらず、ドキドキしています、飛行機は何回乗っても慣れないものです。


 7月29日、私は台湾の同人販売イベントFF20の会場である、台湾大学のアリーナにいた。責任者のスーさんと私、そしてサークルの作家達と話している、皆さんイキイキしていました、しかし台北の夏は相変わらず暑い。

 私の汗が服の上で固まって(塩分かと思われる)白い結晶になっていた、黒い格好のせいで尚且つそれが目立っていた。


 7月30日アマゾンの情報更新が、一冊の創作の結晶が世に出たと、私を思い出させられた。

 裏路地に迷い込む男の子にそしてユニークに生き返り方をするフェニックスなどなど…冷静さと情熱を持ち合わせる作品の数々は、なんとも魅力的であります。

 弊誌でも作品を発表しているムライ氏の初の単行本にして異例の短編集『路地裏第一区~ムライ作品集~』であります。

 初めは一羽だが、それは近いに将来無数になって、空にはばたくことであろう。




 今現在

 キッチュの復活号が、いよいよ近づいてくるのであります。


 うふふ。


路地裏第一区~ムライ作品集~『路地裏第一区~ムライ作品集~』(IKKI COMIX)アマゾンページ


総合マンガ誌「キッチュ」

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